名古屋には味噌煮込みうどん、手羽先、台湾ラーメン、あんかけスパ、など個性強い「名古屋めし」と呼ばれるモノが存在するが、名古屋の好来系をご存じだろうか?その発祥のお店が「好来」(昭和34年創業)でそのDNAを受け継ぐお店が名古屋市内外に10数軒ある。そして今回取材するのは「らーめん専門店 拉ノ刻」。好来出身ながら独自の商品開発も積極的にしている人気店だ。伝統の味を踏襲しながらも新たな創作にも意欲的な店主に以前から興味を持っていたので、今回取材する時間を作って頂いた。「らーめん専門店 拉ノ刻」田中店主にKRK直撃インタビュー!
- ご出身は?
「生まれは岐阜なんですけど、ほとんど(愛知県)一宮市で育っています。」
- ラーメンは好きだったんですか?
「一宮市にいた時から好きでよく食べていました。」
- ラーメン屋をしようと思ったきっかけは?
「自分でしたいと思ったのは30歳の頃でした。19歳の頃からずっと名古屋の飲食系の会社で働いていたんですが、会社にいると会社から言われたことを忠実に守ってしないといけない。自分でしたいことはなかなかできないんですよね。それでやりたいことを自分でやれる仕事をしたいと思い始めました。」
- 田中さんがやりたかったことは?
「それで浮かんだのがラーメンでした。飲食の会社で働いてる間もラーメン食べ歩きはずっと続けていました。僕が20代の頃は名古屋にラーメン屋があまり無い時代で、その頃のメジャーなお店と言えば萬珍軒、万楽、そして好来でした。そして当時僕が好きでずっと通っていたのが招福軒というお店でした。自分でラーメン屋をするならやっぱり好きな味でしたかったので招福軒の方に相談したら『好来で修行した』と聞きました。それですぐに好来に電話して『修行させて下さい』とお願いしました。」
- すぐに入れたんですか?
「面接で少し話してからすんなり弟子として入らせてもらえました。その際に数年後に独立したいということも伝えると、『師匠が認めるまでは独立はさせられないよ』と説明を受けました。」
- 初めてラーメン屋で働いてどうでしたか?
「長く飲食の会社で働いていた中で中華などいろいろ経験がありましたが、一つに拘ってすることの難しさを実感しました。例えば中華料理なら多くの料理を作ってその中の数皿が美味しかったらセーフという面もあるんですけど、ラーメンというのは一杯で全て決まるんです。そこにどれだけ情熱を注げるかで決まるのでちょっと怖い面もあり楽しい面もありました。」
- 伝統の好来 総本店(現・好来道場)ということで厳しいイメージがありますが?
「楓師匠(好来 創業者 故・楓彰氏)はけっこう気分屋の方で気に入った弟子には凄く積極的に教えてくれるんです。自分で言うのもあれですけど僕はすぐに気に入ってもらえたようで、弟子入りしてすぐに『しっかり見とけよ!』と作り方を教えてもらえて驚きました。僕は飲食の経験が長かったので技術もきっちりあったのが大きかったのかもしれませんね。」
- 多くの方には馴染みの無い「薬膳ラーメン」について少し紹介をしてもらえますか?
「野菜が多いのと油が少なめ。そして漢方系を入れているので食べると身体がポッカポカ温まってきます。」
- 楓師匠から好来のラーメン誕生秘話とか聞いていますか?
「楓師匠が言うには最初は失敗から始まったそうです。当初は多くの食材を全部入れて作っていて澄んだスープだったらしいんですが、ある日、スープから目を離していた隙に濁ってしまったそうなんです。しかし楓師匠は『これがいいんじゃないか?』と思って、それから試行錯誤しながら今のスープが完成したそうです。」
- 好来で学んだことは?
「多くのことを学ばせて頂きました。そして楓師匠から『これを守りなさい』と頂いた言葉は店の壁に飾っています。」
- 独立を決断したきっかけは?
「僕が作業している時に楓師匠が見ていて『田中君はもう大丈夫だな。免許皆伝だ!』と突然言われたんです。『えー!!』と驚きましたよ。まだ独立してどうするかも全く考えていなかった時期だったのでどうしようかと悩みましたね。」
- 心の準備もまだできていなかったんですね。
「はい。飲食は長くやってきたけどラーメン屋というのにまだ慣れていないと思ったので、好来から卒業した後、物件を探しながら某ラーメンチェーン店で働いていました。」
- 名古屋ですると決めていたんですか?
「最初は地元の一宮でしようと決めていたんですけど、使おうと思っていた(好来も使っている)島田屋製麺さんが『川の向こうには配達できない』と言ってきたので一宮は断念しました。そして好陽軒さんから『好来系のお弟子さんがいる区には出さない方がいいんじゃないか』とアドバイスを頂いたので、色々調べて(名古屋市)中村区がいいと決めました。」
◆2004年9月オープン
- オープン日は?
「平成16年(2004年)9月です。」
- 屋号「拉ノ刻」の由来は?
「自分で考えた屋号なんですけど、ラーメンの時間を楽しんでもらうために『ココに来たらもうラーメンの時間ですよ!』という意味を含めています。好来系のお弟子さんの中では好来の『好』を使うお店が多いので悩みましたが、自分でやるのなら屋号にも自分の拘りを使いたいという気持ちがありました。それで楓師匠に相談すると『その名前、メチャメチャ良いじゃないか!』と言ってもらえたので拉ノ刻に決めました。」
- オープン時のメニューは?
「好来で学んだラーメンをメインに、地域性を考えて好来には無かった味噌も出していました。」
- その後も積極的にいろんな挑戦を?
「名古屋には限定麺という文化があるんですが、そういのを最初に始めたのは僕なんです。今はSNSで告知できますけど、当時は店のドアに紙で告知していました。いろんな限定をしていると新しい気づきや技術を取り入れられるのでレギュラーメニューもブラッシュアップできるんですよ。」
- オリジナルで生み出した代表作は?
「塩ラーメンですかね?好来系で初の塩ラーメンということでとても話題になりましたからね。しかし塩は難しかったですね。好来の枠を越えずに雰囲気も壊さずに、その中で限定を作ろうと心掛けていましたから。その後、好来とは違った雰囲気のものを出そうと作ったのが鶏白湯です。それが某雑誌で一位を頂いてお客様も増えました。他には夏の快涼麺という限定も人気ですね。」
- 自家製麺も好来系では珍しいですよね。
「好来系で自家製麺をしている所は他に無いですね。島田屋製麺が廃業したのでしばらくは他に頼んでいたんですけどどうしても美味しくない。それなら自分でしようと思いました。最初に丸和さん(つけ麺 丸和)で製麺を見せてもらい基本的なことを教えて頂きました。それから自己流でいろんな小麦粉、それこそ20種類くらい試してブレンドしたり大変でしたよ。」
- 田中店主が大事にしていることは?
「僕は毎日何杯もラーメンを作っているけど、お客様にとっては一杯のラーメンが全て。それで決まってしまうんです。だから一杯のラーメンに集中して、一杯ずつ大切にすることです。」
◆楓師匠(中央)と田中店主(左)
◆店舗情報
らーめん専門店 拉ノ刻
愛知県名古屋市中村区上ノ宮町2-30-1 サンシャイン本陣1F
店ブログ:http://ranokoku.blog115.fc2.com/
twitter:https://twitter.com/ranokoku
創業2004年9月
(取材・文・写真 KRK 令和3年11月11日)