
今回取材するのは長野県松本市の人気店「natural soup noodle GO-SHIKI」。個性的な麺類メニューが揃っていて、多国籍の一品料理も食べられるお店だ。例えば、鉋で削りたての木曽の天然檜で香り付けした鶏檜中華そば。夏の冷やしはスープをビールタンクに詰め窒素ガスとナイトロタップで出汁を注ぐ一杯。こんな商品が揃っていたらお客さんのワクワク感も凄いだろうな。今回、長野へ行く機会があったので取材をお願いした。「natural soup noodle GO-SHIKI」西沢店主にKRK直撃インタビュー!
- ご出身は?
「長野県の坂城町という小さな町です。」
- 元々ラーメンが好きだったんですか?
「実家が食堂をしていたんですけど、親父と買い出しとか行くとよくラーメン屋に連れて行ってもらっていました。」
- 実家の食堂も手伝っていたんですか?
「子供の時は遊びたいじゃないですか!だからお手伝いが苦でしょうがなかったんです。でも将来やる仕事を考えると、漠然とですが家を継ごうという考えもあったので調理師学校に行ったりしていました。」
- 親からの後継のプレッシャーもあった?
「プレッシャーとかは全くなくて、親は『お前の好きなことをやれ』と言ってくれていました。いざ調理師学校に行くと、もっとこういうことやりたいな、ああいうことをやりたいなってのが見えてきました。それで昼がラーメン屋さんで夜が中華居酒屋みたいなお店で2年くらい働いていて、そこでラーメン屋さんのオペレーションも体験はしました。でもその頃はまだラーメン屋をしようとは全く思っていなかったです。」
- 当時やりたいことはあった?
「その頃はまだ家を継ごうというビジョンが強かったですね。その頃に親の怪我の都合で働いていたお店を辞めて、実家の店を手伝っている時期もありました。それから親父もだいぶ良くなってきたので自分も就職しようと思い、多国籍料理のお店で中華料理人募集があったので入りました。でも最初に配属された仕事がピザ釜の前でピザを焼く仕事だったんです。」
- 中華料理人の募集でしたよね?(笑)
「中華を募集していたのにピザをやってと言われました。そんな感じで中華だけでなく色んな料理を学ぶようになってきました。それで休みの日はラーメンを食べたりして過ごしていました。そんな時期に『このラーメンは!』というお店に出会ったんです。」
- 「このラーメンは!」というのは?
「上田市のぶいよんさん(スープ研究処 ぶいよん)。料理をしていた時に旨味の重ね方が重要だと基礎で学んでいたので、ぶいよんさんで食べた時に『鶏だけでここまでコクのあるスープを出すのは凄いな!』と驚きました。それでちょっと真似したいなと家で作り始めました。」
- 自作ラーメンを始めたんですね。
「ちょうどその頃に系列店で比内地鶏を扱った炭火焼ダイニングがあって、そこでも働くことがあったんです。それで比内地鶏のガラが手軽に入っていたので、それで自宅で3年くらい試行錯誤してやっていました。良いのができたらお客さんに出したりもしていました。」
- その時には既にラーメン屋をしたいと思っていたんですか?
「3年ほど経った時に松本に住んでいたんですが、そこで『あっ、これは良いのができたんじゃないか?』という日があったんです。その時に初めて『ラーメン屋をやってみたいな』と思ったんです。それまではラーメン屋をやりたいと思ってスープを作っていたわけじゃなかったんです。」
2009年5月14日オープン

- ラーメン屋に興味を持ってから?
「当時28歳だったんですが、僕がラーメン作りをしているのを知っていた同僚に『30歳くらいになったら独立しようかな?』となんとなく相談したら、その同僚が『やりたいことがあって、やれる状態なのにあと一年半も待つ意味がわからない』と言われたんです。それでハッとしてしまって、物件探しをすぐに始めました。それからすぐに話がどんどん決まっていって開業に至りました。2009年ですね。ここから歩いて3分くらいの場所でした。」
- 屋号「五色」の由来は?
「色彩構成の基本の五色から来てます。色の組み合わせで無限に広がる世界だったり、欠かせない物、スタートや初心的な意味で付けました。自分がエアブラシアートをやる事も色に拘った理由です。」
- 自店の商品はいろいろ候補はあったんですか?
「ぶいよんさんの影響で鶏白湯。そして当時ロックンロールワンさん(ラァメン家 69’N’ROLL ONE)が凄く流行ってきていた時期だったので町田へ食べに行って『かなり洗練されているな!』と驚いて、清湯系の鶏の中華そばも出すことにしました。あとは試作段階で疲れている時に白湯にニンニクを入れてみたんです。そうすると『どこかで食べた味だな?』と思ってモヤシとか入れたら二郎系ができて"とり二郎"が生まれました。」
- オープンして順調でしたか?
「コロナ禍で大変でしたね。雑誌の影響などで浮き沈みもありました。」
2023年11月28日 移転リニューアル
- 2023年11月にこの場所へ移転リニューアルを決意した経緯は?
「ラーメン屋になる前から料理をずっとしていたので、五色でも予約制で色んな料理も出していたんです。でも知っている人しか食べられなかったので、そうでなくて自分でやりたいことを自由にやれたらと思っていました。そんな時にこの物件に出会って移転を決意して、デザイナーさんとスケルトンから作り上げて始めました。」
- 移転をきっかけに商品も見直したんですか?
「ラーメンってチャーシュー、ネギ、ナルト、海苔、メンマなど決まってしまっているじゃないですか?前の店舗ではその中で自分が選択できる最良のものを出していたんですけど、結局、誰かがはめこんだテンプレートに自分が書き込んだみたいなものになるのにモヤモヤしていたんです。それで移転を機に、自分がやりたいスープ、出したい麺、それに合うものを加えて作り直そうと思いました。」
メニュー(2025年8月30日撮影)
- 例えば人気商品の"鶏檜中華そば"の発想はどこから?今まで聞いたことない商品です。
「たぶんどこにも無いと思います(笑)。色んなお店を食べ歩いている方に聞いても、檜の箸を使っている店はあっても檜をスープに使っている店は聞いたことないって言ってます。木桶熟成の醤油ってありますよね。ワインやウィスキーって樽の香りがするんですが、醤油の場合は感じ難いんです。だからああいう木の香りがするスープがあってもいいんじゃないかとずっと考えていたんです。」
- 木の香りがするスープ!良い言葉ですね。
「そのタイミングで木曽地方の漆器の職人さんと知り合う機会があって見学に行って、その後に視察でBYAKUという高級旅館に寄って宿の中を見せて頂いたんです。その時にバーカウンターで『木曽五木』(木曽地方を代表する5種類の樹木)をスピリッツに漬けてソーダ割りとかお湯割にしてお客さんに出していると聞き、『あっ!もうやっている人がいるんだ!』と驚きました。それですぐに『じゃあやろう!』と思い、それから檜の木屑をもらってきてラーメンに使い始めました。」
- 前例の無いことなのでどういう使い方をするか迷いましたか?
「最初は豚骨の清湯でやったりもしたんですけど、鶏と凄く相性いいなとなって現在の形になりました。一見、香りを感じるように思うんですけど、案外檜の味もするんですよね。檜自体は食べないんですけど、啜った時にフッと入ってきて口の中に広がるのが檜の味なんです。当初は檜自体は乗せてなかったんですけど、天然の檜が手に入るようになって、その檜の削り立ての香りが凄いんですよ。なのでお客様へお出しする直前の削り立てにしようと決めて、どうせなら檜もラーメンに乗せてアピールしていこうと思いました。お客様にはこれは食べられませんと説明はします。檜の成分でリラックス効果があって食べても問題ないんですけどね。」
- 色んな料理を経験してきた西沢店主だからこその視点で、いろいろ枠を外していってるんですね!
「そうです。ラーメンだからとかじゃなくて、フレンチとかイタリアンだからとかじゃなくて、それらをひっくるめた料理というモノの中で自分は動きたいと思っています。」
- 麺はどうされているんですか?
「山梨県富士吉田市の田辺製麺所さんに特注で作ってもらっています。拘っているのは粉ですね。信州産の石臼挽き"夢華香"という粉を使っています。」
- 麺類以外も多くの商品が揃っていますね。
「その時々のお薦めはブラックボードに載せています。普通に存在するようなものもあれば、かなり捻ったものもあります。常連さんはお店へ来たらまずブラックボードを確認していますね。」
- 西沢さんが最も大事にしていることは?
「食べて頂いたお客様に健康になって頂くこと。例えば体脂肪が多い、血圧が高い、血糖値が高いなど生活習慣病になると大体まずはラーメンを控えましょうとなる世界じゃないですか?そうじゃなくて、逆にそういう時こそ食べた方がいいよとなるラーメンを作れないかなというのがウチの前の店からのコンセプトです。まずは自分が食べたいと思って食べて、自分の健康が維持できて、お客様が健康でまた次も来てくれるのが目標にしていることです。そういう形がいいなと思っています。」
直前に天然檜を削る
◆店舗情報
natural soup noodle GO-SHIKI
長野県松本市大手1-1-28 アルティザ松本 1F
https://www.instagram.com/goshiki_torimenya
移転オープン日:2023年11月28日
オープン日:2009年5月14日
(取材・文・写真 KRK 令和7年8月30日)