Vol.04:拳ラーメン

近くには京都水族館や京都市中央市場がある七条通沿いに拳ラーメンがある。屋号同様、鮮魚という言葉が印象的で、しかもほぼ毎日限定を出しているようだ。限定目当てのマニアックな客から、水族館ついでの全国各地からの観光客まで満足させるのは容易なことではない。きっと変わり者の店主に違いないと思い、話が聞きたくなった。拳ラーメン山内店主にKRK直撃インタビュー。


─出身は?

「京都で生まれました。両親が京都府内で転々としてて、最終的に落ち着いたのが京都市内の小さい電気屋でした。それで『いずれは電気屋を継ぐんかな~』とか思っていましたね。」

 

─料理の世界には?

「高校の時に寿司屋でアルバイトをし始めると、飲食店に興味を持ち始めました。元々、人に何かをあげるとか作るのが好きだったので、自分が寿司を握れるようになったらお客さんに喜んでもらって、その上、お金をもらえるし、そういう仕事もいいな~って思いましたね。それから食の方へ興味がいき、その寿司屋にいた板前さんが祇園の割烹屋でも当時働いていて、そこを紹介してくれたので、高校を卒業後にそこへ就職しました。当時はバブル時代だったので、祇園の中で7店舗ほど展開してる人気店でした。」

 

─当時、ラーメンに興味は?

「その当時はラーメンに興味はなく、カップラーメンやインスタントラーメンが好きだった程度。ラーメン屋さんに食べに行くってのはありませんでしたね。」

 

─それから?

「祇園に7~8年ほどいて、その後、京懐石屋に4年ほど。それから寿司屋で5年働きました。その店のお客さんに円町の8坪ほどの物件で「店をやってみないか?」って話を頂きました。」

 

─自分の店ですね。

「それで居酒屋として独立。屋号は『なごみ家』でした。その八坪のお店が居抜きだったんですが、おでんの機械があったので、前にそこで店をしてた人に『何で出汁をとっていたんですか?』って聞いたら『鶏ガラ』って。僕は和食の人間だから鶏ガラを使ったことがなかったので興味を持って、鶏屋さんにガラの処理とか教えてもらってやっている内に、『ラーメンとかもできるかも?』って思い始めた。その当時、南座の前に『とんとん来』って好きなラーメン屋があったし、ラーメンへの興味はあったんですよ。しかし、ラーメンの作り方も分からないので、当時は鶏ガラのおでんのスープに冷凍麺、野菜や豚肉を炒めたものに塩をふっただけってラーメンを出していましたね。そんなレベルだった。

 

─そして?

「ある時、テレビで『どっちの料理ショー』って番組を観てたら、偶然に『ラーメン対決』ってのをしていました。中村屋 vs 麺屋武蔵だったかな?観てると使用食材が書いていて、何が入ってるとか出ていてその複雑さに衝撃を受けた。その後に、ちゃぶ屋とかなんつっ亭とか出ていて、続編にもはまりましたね。」

- ラーメンにハマっていく?

「なんで鮮魚ラーメンって今のようになったのかは、当時してた居酒屋で寿司もお造りもしてたから頭が付いてくる。頭が付いてきても、例えば兜焼きとかしても注文が出ない。捨てるのも勿体無いのでラーメンの出汁に使ってみた。魚屋さんからも頭を無料でもらえたりしたし。頭は骨の密度も多し、目玉にコラーゲンあるし、出汁がしっかり出るしってことで鶏ガラのスープと合わせて作るようになりました。それから居酒屋の4年目くらいに、昼だけ『ラーメン専門店』を始めることにしました。冷蔵庫にスープを入れる場所もなかったので、朝6時に起きてスープを作って、ラーメン屋さんをしてた。反応が凄くよかった。当時はSNSでの拡散ってのが無かったが、ブログなどで褒めてもらったりしてお客さんも増えていった。評判もいいし、その居酒屋の家賃も高かったので、ラーメン専門店として本格的にしようと思った。」

 

─本格的にラーメンの道へ?

「ただ壁があって、『居酒屋が作ってるラーメン』ってことでお客さんに受け入れられてたけど、専門店になると、オープン当初から壁に当たって悩んでる時期が続いた。最初は苦戦しましたね。パンチも無かったし、生臭いって言われることも多かった。」

─屋号は?

「元々は『こぶ志』だったのですが、『自画が悪い』ってことで診てもらい『拳ラーメン』になりました。『こぶ=拳を挙げて志=ラーメンを心ざす』って意味です。」

 

─売りの1つになった塩釜チャーシューは?

「鯛の塩釜焼きをヒントにしてみたら、たまたまピンクになった。当時はピンクのチャーシュー(レアチャーシュー)をやってたのは虎一番とウチだけだったと思う。偶然生まれた。そのピンクのチャーシューで、鮮魚スープで、全粒粉の麺でやっていくって方向性になっていった。」

 

─ほぼ毎日の限定については?

「オープン当初から限定はしてて、ドロ系ってのもウチが始めてだったと思う。批判も多かったけど、好きだったから。限定をしてるのはレギュラーのラーメンのヒント探し。レギュラーに生かせるものを探すため。いろいろ限定してても、一般客に食べてもらえるのはレギュラー。ちゃんと研究してレギュラーに生かしていた。料理人としての好奇心もある。メキシカン食べた時にハバネロのピクルスが美味しくて、『冷やしラーメンに入れたら美味しいかも?』って作ってみたりしてる。きっかけとかちょっとしたこと。」

─移転は?

「あそこ(昔の場所)ではできる範囲が決まってきていた。調理場も狭いし、お客さんに早く提供もできないし。調理場が広い物件を探してたら、たまたま当時しゃかりきで働いてた宮くん(現・Menkouともや店主)が『あそこ空いてましたよ』って教えてくれた。その日に見に行ったら『この辺りにもしかしたら水族館ができるかも』って話もあったし、中央市場も近いし。鮮魚ラーメンだったので『コンセプト的にはぴったりかな?』って思ったので、移転を決めました。」

 

─昔の場所でしてる「拳10ラーメン」については?

「ラーメンってやっぱり豚とかのが好きな人が多いじゃないですか?僕はラーメンに対してやったらあかんことをするので(笑)、拳10では鮮魚とか使わず、学生とかに満足してもらえるものを出そうって思ってしています。」


─2015年4月29日に、メニューを醤油中心にリニューアルした理由は?

「僕のコンセプトは健康で身体にいいラーメンを作りたい。食べ終わった後でも喉が乾かないとか。でも前のラーメンだとお客さんによっては残していた。『頼りない』『こんなん饂飩かそばみたいや』って言う人もいた。身体にいいけど、お吸い物みたいな頼りないラーメンって。ある時、亀岡でワイン畑をしてる人がいて『鹿がひっかかった』って言ってきて、『足一本いる?』って言われて頂いて鹿のラーメンをした時に、甘くてコクがあって凄く美味しかった。調べたら鉄分が多かったりして身体にも凄くいいとのこと。で、今、レギュラーに鹿のスープも隠し味で入れている。ジビエスープですね。熟成の牛、鹿、鮮魚、地鶏で組み合わせてる。今は残す人がほとんどいなくなった。そして今まではウチのメインだった塩ラーメンも、使う食材を変えることによって醤油寄りのスープに自然となってきてたので違和感が出てきてたから、リニューアルして醤油ラーメンに絞ることに決めました。この場所はレジャー施設とかできて客層が変わってきている。もうマニアックな店ではあかん。みんなにも好かれて美味しいって言ってもらって、毎日食べれる身体にいいラーメンを作っていきたいって思ったから。」



─お弟子さんは?

「弟子は来ないですが、社員は二人います。人を育てるのには怒り方が大事。怒った理由をしっかり説明する必要があると思う。将来的には拳ラーメンを僕がいなくてもやっていけるようなスタイルにして、自分自身はマニアックな店を小さい店でしてみたいって気持ちもあります。」

 

─京都への拘りは?

「京都に拘っています。生まれた所で愛着もあるから。」

 

─麺屋棣鄂さんとは?

「居酒屋時代からお世話になってた麺屋さんは『一種類しかできない』ってところだった。当時、Leafって雑誌で麺屋棣鄂さんがオーダーメイド麺をしてるのを知りました。当時、しゃかりきさんとかが使ってたくらいだったかな?限定とかしていきたかったので麺屋棣鄂さんにお願いして麺を使わせてもらうようになりました。麺屋棣鄂の工場長さんと仲良くさせてもらうようになった流れで、その後に新作のウイング麺とかも使わせてもらったりしていましたね。」

─極鶏さんとのコラボ「極拳」について?

「昔、今江さん(麺屋極鶏店主)がまだ『タンポポ』にいた時代に食べにきてくれはって話したりしてて、『自分でラーメン屋をしたい』って聞いていたんです。そして、極鶏がオープン前の工事中の時に、僕が今の場所に移転してオープンした日に極鶏って名前でお祝いの花をくれはった。で、『京都ラーメンを盛り上げましょう。コラボしましょう!』って言ってくれました。まだ極鶏のオープン前だったのに(笑)。当時は極鶏がまさか今のような人気店になるとは思ってなかったし(笑)。その後、麺屋棣鄂の工場長さんが試食に行った時に『えらいことになりますよ』って驚いてたのを憶えている。試食であんなに驚いてはるのは初めて見たので。で、『コラボしましょうか?』って流れになって、『やるなら1回だけでなくて継続してやりましょう!』ってなりました。今ならコラボ営業や、100人の行列ってのは関西でも珍しくなくなってきたけど、僕らが初めてそういうのをしたって自負がある。」

 

─趣味は?

「特になく、テレビ見てるだけ。普段はラーメンのことを考えない。」

 

─京都の繋がり?

「いろいろありますね。セアブラノ神の中野さんが飲み会とかしてくれて集まったりしてる。京都は何やっても地味なのでメディアはあまり向いてくれないけど、『派手なものでなく、確かなものを作って続けていけたらいいな』って思う。」

 

─東京進出は?

「チャンスがあればやっぱりやってみたい。僕のラーメンは東京の方が受けると思ってる。気持ちは京都から離れるつもりはないけど、やってみたい。」

 

─環境問題にも?

「鹿が増えすぎてて環境問題でも問題になってて、滋賀でやるならブラックバスをスープに使うような。。環境問題も兼ねて、そういったものにもラーメンを通して取り組んでいきたい。」

─新しい取り組み?

「セミナーとかもやっていて、なんでそれを受けたかというと、京都ラーメンって発言力を持ってる人がいなくて、僕が発言力をもつ立場になって引っ張っていけるようになれたらって思ってる。今後も東京とかから話が来てる。京都はリーダーがいないので。ラーメン自体もなかなか新しい技術が出てこなくなってきているが、僕はジビエとか新しいことにも積極的に取り組んでいきたい。」

 

─今後は?

「レギュラーをどう喜んでもらえるかですね。リニューアル後、今は自分の思ってた以上に効果がでてる。拳=塩ラーメンって重荷が取れてから、お客さんの層が変わった。その方向で突き進んでいきたい。安全で健康で安心できる美味しいラーメン。もっと美味しくできるように毎日、研究をしていきたい。どこかにヒントが落ちているはず。基本をしっかり固めて、レギュラーをしっかり作り上げていきたい。」



<店舗情報>

拳ラーメン

京都府京都市下京区朱雀正会町1-16

店Twitter:https://twitter.com/kobushi_ramen

公式ブログ:http://sakananoatama.blog69.fc2.com/


(取材・文・写真 KRK 平成27年9月7日)