Vol.28:頑固麺

2013年9月、京都市伏見区に独特のオーラを纏った一軒のラーメン屋さんが現れた。屋号は「頑固麺」。無鉄砲や極鶏を彷彿させるドロッドロのラーメンを提供し、瞬く間に人気店となる。他府県のラーメンファンの間でも評価がとても高く、濃厚系では関西屈指の有名店になりつつある。私自身も最近、2年ぶりに頑固麺さんのラーメンを頂いたが、ドロッドロで揺れないほどの濃度なのに、きっちりバランスが整えられていてクドさを感じないことに驚かされた。とてつもないパワーを感じるこの一杯を作る店主は一体、どんな方なんだろう?話す時間を作って頂いて、いろいろ聞かせてもらえることになった。「頑固麺」岡部店主にKRK直撃インタビュー! 

- 出身は?

「京都市伏見区です。」

 

- ラーメン屋で働くようになる前は?

 「高校卒業して、自衛隊に2年いて、除隊後、八百屋で働き始めました。仕入れとかで3年ほどしていましたね。それから友達から誘われて大中ラーメンでアルバイトをし始めました。」

 

- 当時、ラーメンに興味があった?

「当時はまだラーメンに興味は全く無かったんです。友達から誘われたからってだけです。」

- 初めてラーメン屋で働き始めて、どうでしたか?

「まずは接客からですね。当時はラーメンブームが始まったくらいの時で忙し過ぎて接客が疎かになっていましたが、ラーメンは美味しかったんです。お客さんがいっぱい来てくれてる時期だったので、それが『もったいないな~』って思っていました。『次また来たい店にする。人に紹介したい店にするにはどうしたらいいんやろ?自分が店に貢献できることはないか?』って。接客に重点をおいて頑張りました。それからラーメンを作る方にも興味を持ち始めました。」

 

- それから? 

「店のラーメンの味を更に美味しくするにはどうすればいいか?ってのを当時の店長とよく話していましたね。接客だけでなく、味だけでなく、トータルでお客さんに楽しんでもらうためには?って。それが働き始めて3年目の頃です。それから大中には5年ほどいました。」

 

- 自分の店?

「大中での5年目の時に店のお客さんに『ちょっとラーメン屋をやってみないか?』って誘われたんです。そして四条の南座の向かいに『麺や鴨川』ってのを始めました。それが2007年頃だったかな?別に出資してくれる会社があって。鶏白湯であまりきつくないマー油をかけてってラーメンでした。自分も未熟でしたから試行錯誤したんですが客足が全く伸びず、会社とも色々なことで意見が対立してたんです。結局8ヶ月くらいで潰れたんです。それで当時、お世話になってた麺屋さんに相談したら『弁慶ラーメン』を紹介してくれ、そこで働き始めました。しかしそこも半年ほどで辞めることになりました。」

 

- なぜ?

「今までは自分の店でスープもタレも作ってる店ばかりで働いていたので、弁慶ラーメンのようにスープも仕入れ、タレも仕入れってのを見て、ラーメンの組み立てがしっかり勉強できました。しかし、それと同時に鶏ガラも見ないし、豚骨も見ない。何もかも仕込まれた物を仕入れるから僕のやりたいスタイルと違うことに気づいたんです。色々なタレや色々なスープ、調味料の組み合わせはここで勉強させて頂きましたし、今でも知識として活かされています。いい経験ができたと思っています。でもやりたいことからズレてたので悩んでいた時に、以前に働いていた大中の店長が『もう一度やってみやへんか?』って声をかけてくれて、大中に戻ることになりました。」

- 再び大中で働き始めて?

「戻って1年ほどで僕が店長に抜擢されたんです。それから接客、スープとか変えていきましたね。元々は鶏ベースの豚骨でしたが、もっと旨みの強い力強いスープにしたくて頭骨を入れて豚骨ベースの鶏に変えて。それから客層が若い子に変わって売り上げも伸び始めました。で、『他に店をもう一軒出そうか?』って話も出てきたんです。でも、その辺りでノイローゼになってきたんです。誰が作っても同じ味を目指してレシピを改良し、売り上げ達成を追いかけるプレッシャーと、『次の店を出そう』ってことについて会社の社長と話してる内に追い込みすぎて気持ちがインにインに入ってしまって。その頃、店の雰囲気がとても良くて、だから『スタッフに次のステージを作ってあげれないのは、自分の責任なのかな?』って思ってしまうようになってきて。ノイローゼ気味にはなったのですが、この会社で社長に出会えたことがラーメンに限らず、経営の考え方や、今の自分を作って頂いたと今でも思っていますし、とても感謝しています!ここで足搔いて、もがき苦しんだことが今の自分のバックボーンですね。本当に感謝しています!」


- ターニングポイント?

「それで悩んでた時に、この場所(頑固麺の場所)で前に店をしてた方が元々大中にいた人だったんですけど、その人が店を閉めることになって、僕に『ここで店をやってみやへんか?』って。それが2年半前頃かな?」

 

- 突然?

「独立なんてまだ考えていない時期だったので場所探しとかしてたわけでもないんですが、その話が突然来て、その時に『いい機会かな?』って思ったんですよね。『自分自身を試してみたいな』って気持ちになりました。『自分が思ってることがどれだけ世の中に通用するのか?』って。とても悩んだんですが、大中を離れて独立を決断しました。」


頑固麺(2013年9月26日オープン)


- 屋号の由来は?

「中学の時の同級生3人が『お前が店をするなら頑固ってのがいいんじゃないか?』って。真面目なのと拘りが強いってことみたいです。麺は『頑固なメンズ』と『麺』をかけて『頑固麺』です。」

 

- 頑固麺のラーメン?

「『ドロドロで勝負しよう』って決めていました。大中に限定ラーメンで特濃ラーメンがあるんですが、それを開発する時に色々試したのが今の頑固麺のレギュラーの土台になってます。それよりももっと飲みやすくざらつきを無くして、もっと旨みを強くしてってのを考えました。」

 

- 麺は? 

「独立する前から『麺屋さんは変えよう』って決めていました。その当時、拳ラーメンさんによく食べに行ってたんですよ。『いろんな麺の種類があるんだな』ってその時に知って。『こういう麺屋さんで頼んだら、いろんなのが作れるかな』って思ったんです。それでオープンから麺屋棣鄂さん(公式HP)の麺を使っています。」



- 2013年9月オープンして?

「記憶にないくらい毎日が忙しかったですね。仕込みに毎日追われて、作る量も少なったのでストックもできないし。

なにより濃度があると傷みやすい。そこでかなり悩みましたね。最初は昼だけ営業してたんですが、売り上げはスムーズに伸びました。しかし3ヶ月目でちょっと売り上げが落ちた頃があって悩みましたね。」

- 醤油ラーメン?

「最初からしたかったんですが、ずっと試作してて間に合わなかったんです。『どの醤油がいいか?』ってずっと悩んでたんですが、ある日、伏見の醤油屋さんで『新しい醤油あるんだけど?』って教えてもらい、それを合わせたらとても良いのができたんです。途中からその醤油に合わせて全部を変えていったら、今の頑固麺の形になっていきましたね。」

 

- 今後の展開は?

「もしもう一店舗するとしたら、醤油ラーメンメインで清湯の店をしたいですね。伏見でもう一店舗って思っています。」


- 壁のジミ・ヘンドリックスの絵は?

「前のラーメン屋さんの人が描いてくれたんです。手書きですよ。中学の時にジミヘンを初めて聴いて、衝撃を受けたんです。それからずっとジミヘンのファンなんです。『ラーメンでジミヘンのような衝撃を与えれるようになりたいな!』って思っています。この絵を見て『ボブマーリーですか?』とか言われたりするんですが(苦笑)。」

 

- ラーメン以外で、趣味とかは?

「アウトドアですね。バーベキューとかです。店を自分でする前はバーベキューで友達にラーメン作ったりしていました。」

  

- 意識してる店はありますか?

「よく似てるって言われるのは極鶏さんとか。ドロドロ感では無鉄砲さんも。でもどこを目指してるとかはないんです。スープは季節によってブレるので、季節季節で『旨い一杯を作るにはどうするか?』ばっかり考えていますね。」

- 頑固麺さんの拘り?

「突き詰める気持ちを常に持ち続け、ラーメンに出会った最初の情熱を忘れないこと!目の前の一杯に気持ちを込め、全力で作り続けること!」



<店舗情報>

頑固麺

京都府京都市伏見区深草西浦町6-62

公式Facebook

店Twitter:https://twitter.com/GankoMen

 

(取材・文・写真 KRK 平成28年5月)