Vol.32:らぁめん 真

人気ラーメン店が集まり、関西屈指のラーメン激戦区となりつつある茨木エリア。このエリアに2015年1月25日、新たな店が加わった。屋号は「らぁめん 真」だ。オープン前から話題になり、オープン日には開店前に40人を超える行列。店主はあの「彩色ラーメンきんせい総本家」で店長として7年間働いていた方だ。話題性もあるし、もちろん味は折り紙付き。多彩なメニュー構成、安定営業、そして安心の味。自分の色も少しずつ出しつつ、「きんせい」の良い部分もしっかり受け継いでいる。超人気店の店長から、自分の店での新しい挑戦だから、いろんな苦労もあっただろう。いろんな話が聞けそうだ。「らぁめん真」岡本店主にKRK直撃インタビュー。

- 出身は?

「大阪の茨木市です。」

 

- この世界には?

「元々、ラーメン屋でバイトしていました。そして友達に『寿司屋のアルバイトを手伝ってくれ』って言われて、それから寿司屋とラーメン屋で掛け持ちで働いていました。。包丁を教えてもらったのがそのお寿司屋さんです。大将とマンツーマン、カウンターだけの店。ネギ切ったり、あら炊きしたり、茶わん蒸しを生地から作ったり、調味料の手加減とかいろいろ学ばせてもらっていました。」

 

- 将来、飲食店をしたいって考えていたんですか?

「ある日、そのお寿司屋さんで僕が作った赤だしを食べてもらったお客さんが、会計時に『兄ちゃんが作ってくれた赤だし、美味しかったわ!』って言ってもらって。自分の作ったものをこんなに喜んでもらえるって。その言葉が印象的で。それで決めましたね。飲食をしたいって。」

 

- 飲食に興味を持ってから?

「お寿司も好きだったけど、ラーメンの方がもっと好きだったので当時、アルバイトしてたラーメン屋さんで社員として働き始めました。ラーメン食べ歩きが好きだったんですが、この店のラーメンがとても好きだったんですよね。だから就職活動はせず、大学3年の時に調理師免許もとりました。」

 

- ラーメン屋さんで働き始めて?

「チャーハン作ったり、野菜炒めを作ったり。中華屋のラーメン屋さんでしたから。そこではバイト時代を含めて5年間ほど働かせてもらいました。」


- それから?

「やっぱり「もう一度、イチからラーメンを勉強したい」って気持ちが出てきました。それでいろんなラーメン屋さんを食べ歩いてたんです。ある日、たまたま雑誌で見つけて食べに行った店が「きんせい栄町店」。そこでラーメンを食べて衝撃を受けました。一回食べただけで決めましたね。」

 

- なぜ?

「初めてああいう和風魚介ってのを食べたんですよ。もう衝撃でした。(当時はまだ結婚してなかった)嫁と一緒に行ってたんですが、嫁に『もうここに決めていいか?』って言いましたね(笑)。座ってた席に『将来ラーメン屋をしたい人募集』って小さい貼り紙があったんですよ。それで『これは俺のことや!』って(笑)。嫁に『いいか?』って。そして、それから週1回くらい『きんせい栄町店』に食べに通って、2月頃だったかな?雪の日でした。ラーメンを食べ終わった後、一旦外に出て、お客さんがみんな出たのを確認してから店に戻って『雇ってください』っていきなり言いました。女将さんが大将を呼んでくださって、大将が『あ~、話を聴くわ~』って。それで僕の勤めてるラーメン屋や、きんせいのラーメンに感動したことなど話してから『ここで働きたい』って言うと、『あ~分かった』って言ってくださいました。そして今の職場を引き継ぐために3ヶ月ほどかかるってことも説明すると、『待つわ~』って言ってくれました。その言葉通り、その3ヶ月の間、他の人も募集みて面接に来たようですが、全て断って僕を待ってくださっていたんですよ。」

 

- その時にはもう独立希望はありましたか?

「その時に『将来は独立したい』ってのは言いました。それが25歳の頃ですね。」

 

- そして3ヶ月後に?

「前にお世話になったラーメン屋さんの引き継ぎも終えて、栄町店で働き始めました。僕が入った年の12月頃に『きんせい交野店』がオープンしました。僕はずっと栄町店です。」

- きんせい栄町店で働き始めて?

「もう全然知識が足りなかったですね。鶏油さえ知らなかったですから。魚粉とか、、分からないことばかり。そして2日目からすぐに製麺の勉強でした。毎日怒られ続けて、葛藤に日々でした。」

 

-- ラーメンを作らせてもらうようになったのは?

「お客さんに作らせてもらうようになったのは1年くらい経った頃ですかね。当時、高槻のきんせい本店がオープンして、大将が『お前に3ヶ月くらい栄町店をまかせる』って言って、そっちの店へ行ってしまって。僕はまだ1年ほどなので。」

 

- どうでしたか?

「きつかったですよ~。お客さんも3分の1くらいになりましたしね。やっぱり難しかったです。毎日、親方に電話してましたね。お客さんから『味が違う』と言われるし、売り上げも減るし、もうノイローゼみたいになりましたね。それから3~4ヶ月間ほど一人でして、そして親方が戻ってきたんです。するとお客さんも戻ってくるんですよね。しょうがないんですが、やっぱりショックでしたね。実際、僕が作ったラーメンがそれまでだったんだろうし、その期間は本当にいい経験をさせてもらいました。」

 

- 自分のラーメン?

「2~3年ほど経った頃だったかな?親方に『何かやってみろ!』って言われて。あっさり系の豚骨に魚介出汁を合わせたラーメンでした。お客さんもあまり来なかったですし、豚骨が薄く、魚介の効かせ方も甘かったですね。」

- 独立希望は持ち続けていた?

「ずっとありました。僕は目標としては『31歳頃がいいな』って漠然と思っていました。親方も『31歳で独立した』って聞いてたし、JETの兄さんも31歳だったので『僕も31歳頃がいいな』って思ってました。でも結局、僕は1年遅れて、32歳の時に独立したんです。特に焦りはなかったですね。僕は人が何してるとかあまり気にならないタイプ。僕より後に入った人が先に独立しても全然気にならなかったんです。人は人、僕は僕って思っていましたから。」

 

- 独立へのきっかけは?

「ある日、親方から『そろそろいいんちがうか?』って言ってくれた。僕も長く居過ぎたんですよね。ずっと一人でやっていましたから。」

 

- それから?

「すぐに独立に向けて動きましたね。独立への準備はずっとしていましたから。メニューとかも考えてはいたんです。基本的にはベースは『きんせいの味』とか。それから毎日試作を重ねていきました。」


らぁめん 真(2015年1月25日オープン)

- 屋号の由来は?

「僕、性格が馬鹿正直なんです。駄目なことは駄目、良いことは良い。凄いストレートなんですよ。その真っすぐで『真』。二人の子供の名前、どっちも『真』が入ってるんですよ。『まことじゃなくて、真にしよう』って。真面目なラーメン。」

 

- 立地は?

「『地元がいいな。駅近がいいな』って思ってました。理由は僕みたいな未熟な者のラーメンなので、辺鄙な所だと集客が難しいだろうって。人通りが多い場所だと食べてもらえるチャンスが多いって思いました。だからココはもう場所で選びましたね。」

 

- きんせい出身のプレッシャーは?

「特に無かったです。僕はアナログなので全くネット上のことは分からないので、逆に周りが何を騒いでいるのか全く分からなかったです。」

 

- そしてオープン時に大行列。

「オープン時の大行列を見て、ちょっと言葉が出なかったですね。驚いてしまって(笑)。オープン前にJETの兄貴や、親方がFacebookで宣伝してくれて凄い反響だったんですよ。『とにかく美味いラーメンを作る』ってことだけ集中していました。」



- 店をオープンして?

「最初は醤油と塩だけですね。僕は醤油推しだったんですが、しかしオープン直後は醤油が駄目でしたね(苦笑)。お客さんが残すことが多くて、きつかったです。お客さんに『旨みがきつ過ぎる。塩分がきつく感じる。しつこい』って言われて。その頃はもう毎晩、『棄てては作って』の繰り返しの日々。前からの知り合いも『最初はいいんやけど、後がしんどいわ』って言われていました。実際、注文率がほとんど塩になっていきましたしね。オープンして2ヶ月目頃までは新しい店なのでお客さんも来てくださっていたんですが、3ヶ月目でドーンって落ちたんです。月で考えたら約800人。『これはあかん』って。なんとかしないと俺はあかんな。シビアな世界だなって。」

- それから?

「ちょうどその時に某テレビ番組で紹介してくださってドーンってお客さんが増えました。そのチャンスをもらってる間に、試作を繰り返して、麺も改良して、カエシも改良し、醤油も濃い口から薄口に切り替えてもっとバランス良くし、『関西は出汁やな~』とか。そして、だんだんと馴染んできて、素材の足し算、引き算がなんとなく分かってきて、お客さんもだんだん増えてきました。」

 

- 自分の色が最も出てるメニュー?

「醤油か白醤油ですね。塩もチカラ入れているんですが、僕的には醤油を食べてもらいたい。麺も改良を続けています。一時、カレーが出ることが多くなったんですが、正直、僕はあっさりを食べてもらいたい。もちろんお客さんが喜んでもらえたらいいんですけど。でも最近、やっとカレーより、醤油や塩が増えてきたので嬉しいんです。」

 

- 白醤油?

「リピーターが凄く多いですね。『こういう味を好む人も多いんだな』って気付きましたね。このメニューができたのは僕がまだ総本家にいた頃なんです。きんせいの何周年かの時に、親方から『各店長、何か限定を考えろ』って言われて、その時に出させてもらったのがこの白醤油です。ただ、カエシを作るのが時間かかるのでそんなに多く作れないので、現在は数量限定にさせてもらっています。」

- 今後?

「できたらもっと醤油推しでいきたい。醤油を薄口、濃い口、白醤油でいきたいです。今、濃い口を試作中で、ちょっと面白い醤油が入るので楽しみです。カレーは喜んでもらってるんですが、将来的にはメニューは醤油3種類、塩1種類にしていきたいです。僕はまだそこまでの域に達してないので、もっと頑張ってそこまで行きたい。僕は白湯も炊けない。修行時代に見せてもらってはいましたが、僕はやらないかな。僕は清湯で、出汁とカエシと麺。この3つで集中していきたい。楽しみでしょうがないですね。」

 

- 店舗展開?

「僕は一生、ここだけ。この1店舗だけです。一目みて惚れた場所。人にはまかせたくない。体力の限界があるので手伝ってくれる人は欲しいです。」

 

- きんせい卒業生とは?

「年に1~2回、会ってます。親方が声かけてくれて、飲み会しています。ラーメンの話ばっかりですよ(笑)。」

 

- 大事にしてること?

「やっぱり忙しくなってくると初心を忘れがちになってくる。その時は初心に戻って、なんで僕がこの仕事を選んだのかってのをもう一回思い出したい。どうして好き好んで始めたのか。初心、漢字は違いますが、真ですよね。僕の真っすぐな気持ちをお客さんにもっと上手く伝えれるようになれればいいなって思います。」



<店舗情報>

■らぁめん 真

大阪府茨木市駅前1-3-4

店Twitter:https://twitter.com/ramenshin134

店ブログ:http://ramenshin134.seesaa.net/

 

 

(取材・文・写真 KRK 平成28年6月)