Vol.46:つけ麺 きらり

2010年5月、京都市伏見区に一軒のラーメン屋がオープンした。「つけ麺 きらり」だ。店を訪れると「ピカピカらぁめん」や「ブルーベリーチャーシュー」など興味を惹かれる刺激的なワードが飛び込んできて、そして新店ながらきっちり美味しいつけ麺を提供していた。当時はつけ麺をメインにしてる店もまだ少ない頃だったので、「面白い店だな」と強く印象に残ったものだ。あれから7年ほど経って京都屈指の行列店となり、人気は増すばかり。今回、知り合いの店主を通してインタビューを申し込みOKを頂いた。謎が多い店なのでインタビューするのがとても楽しみだ。「つけ麺きらり」濱口代表にKRK直撃インタビュー! 


- 出身は?

「生まれたのは大阪の門真ですが、門真にいたのは小さい頃だけで、ほぼ京都で育っています。」

 

- ラーメンは好きでしたか?

「学生の時からあちこち食べに行っていましたね。友達とバイクで天理ラーメンとか新福菜館とか行ってました。」

 

- 飲食店をしたかった?

「親が飲食店をしていたので、逆に違うことをしたいって思ってたので、若い頃は避けていた部分がありましたね。『これがしたい』ってことは何も無かったですね。」

 

- 卒業後? 

「大学卒業後、一旦就職したんですが、学生時代にアメフトしていて腰を怪我してたんです。それで就職してすぐに腰痛が再発して出勤できなくなって。お酒のディスカウント店で働いてたんですが、重たい物を運ぶことが多かったので。それで休みもらって手術したんですが痛みがとれなくて、秋くらいに退職することになりました。それから1年間くらいは仕事ができず、腰を治すことに専念していましたね。」

- それから?

「それから『軽い仕事から始めよう』って思い、お弁当屋さんに就職しました。その時にブラジルに友達がいたので、何か見つけようって思い、弁当屋さんで働きながら外国語を勉強して、そしてブラジルへ行きました。」

 

- ブラジル?

「とりあえず行ってみて、いろんなものを見てみたいなって。友達の所へ行って、友達の紹介でサンパウロの日本料理店で働くことになりました。そこで働きながら『何かないかな?』って探してたんです。そこのお客さんに有名なサーファーの人がいて知り合って、サーフボードが日本より格安なのを知り、それを自分で日本へ輸入とかし始めました。アクセサリーとか南米にあるものも扱っていましたね。一人でやってたんですが、なかなか上手くはいかなかったですね。その当時、バックパッカーでいろんな所を旅していました。」


- -帰国して?

「ブラジルでとの仕事も上手くいかなかったので帰国して、トラックに乗っていました。その時も何がしたいってのがなかったです。ある時、弟が都飯店から『ウチで働かないか?』って声かけられました。『面白そうだな』って思い、僕が面接に行って、そこで働かせてもらうことになりました。それが飲食のスタートですね。27歳の時です。中華料理、四川ラーメンの店です。飲食は実家もしてたので抵抗はなくて、チェーン展開をしていたので面白かったです。1年半ほど働かせてもらいました。都飯店で働いてる間、東京や九州でラーメンを食べ歩いてる内に、『ラーメンの専門店をしたいな』って思い始めました。ラーメンって食べ物が面白いなって思いました。」」

- きっかけは?

「都飯店の社長もラーメンが好きで、ある日、横浜のラーメン博物館に連れていってもらったんです。そこで『すみれ』や『一風堂』で食べて衝撃を受けました。『こんな美味しいラーメンがあるんだ!』って。それで『自分でするなら豚骨ラーメンしたいな』って思うようになりました。そして一風堂の社長に『一風堂で働かせてください』って手紙を書いたんです。それから福岡へ行き面接してもらったんですが、落ちてしまって。『ウチには他にもいっぱい弟子がいる。いきなり受け入れられない』って。まだ店舗展開してなく、九州だけでしてる頃です。」

- 落ちてから?

「もう九州に行ってしまってたので困りましたね。一週間くらいカプセルホテルみたいな所に泊まって、現地で就職活動をしました。そして某ホテルの中華料理屋さんで働かせてもらうことになりました。そこで包丁使ったりとか調理の勉強を本格的にさせてもらいました。そこで半年ほど経った頃に、都飯店の社長が九州へ来て、『これから店舗展開するけど、一緒にやらへんか?』って声をかけてもらいました。それで『やってみようかな』って思い、暖簾分けで始めたのが、枚方で今でもやってる四川ラーメン津田店です。この店が僕が独立した1号店ですね。そこは僕がオーナーって形です。」

 

- 自分の店を持って?

「お蔭様で忙しかったですね。夜中2時まで通し営業でしてたんですが、大変でしたね。午前4時頃に片づけ終わって帰宅して、また10時から仕事って生活でしたから。」

- 仙度さん(現:あっぱれ屋店主)との出会い?

「僕が都飯店に入って本店の方で働いてた時に、仙度さんが『独立希望者求む』って求人を見て来たのが出会いです。一緒に働いたのは1年間ほどでした。仙度さんはすぐに独立されましたからね。」

 

- それから?

「四川ラーメン津田店は29歳の時に始めて今もしています。結局、やめた店も含めると7店舗くらいしてたんですが、お店の中の人間関係というか、人材を生かすってことで、『もう一店舗だそうか?』って話が出てきたんです。それで『中華料理屋を出そうか』って思ったんです。最初、この場所は中華料理屋の予定だったんですよ。駅前だし。でも中華料理屋だったら今の延長になるだけだったので、『何か新しいの無いかな?』って探していました。2010年頃だったんですが、その時はまだ『つけ麺専門店』ってのが無かったんですよね。それでつけ麺屋では久保田さん(吟醸ラーメン久保田)が有名って聞いて、食べに行かせてもらいました。食べてみると『つけ麺って美味い!』ってビックリして。『つけ麺ってこんな風なんだな』って。それからTETSUさん(公式HP)。品川の駅の下で出してはったんですね。そこで食べた時も衝撃受けて、『つけ麺でやろう』って決めました。」


つけ麺きらり(2010年5月15日オープン)


- 屋号の由来?

「お店を始める前の年くらいに、『字を書けばその人の性格や行動がわかる』って日本筆跡学院って所で勉強させてもらっていました。そこが『きらり通信』ってのをしていたんです(笑)。そこの先生が凄くかっこよくて素敵だったので、『屋号に使わせてもらっていいですか?』って聞いて許可をもらいました。『3文字がいいな』ってのは最初から思ってました。」

- つけ麺専門店?

「迷いましたね。でも『屋号の頭につけ麺って入れた方が面白い』って思いました。それから仙度さん(あっぱれ屋店主)に相談して2週間ほど勉強させて頂きました。つけ麺っていうのはやったことがなかったのでキモとなる所もしっかり教えて下さりました。『濃厚で、極太麺でスタートしよう』って決めていました。」

 

- 自家製麺は?

「製粉屋さんや製麺機屋さんにいろいろ聞いて、自分でしていました。ほぼ自己流です。自家製麺は四川ラーメンの時にしていましたから、作り方の工程とかは分かっていたので。でもつけ麺用の麺はなかなか巧くいかなかったですね。『こうしたらこうなる』って積み重ねでした。ウチの親がうどん屋をしているので、うどんの良いところを取り入れたいってのがありました。麺は試行錯誤しましたね~。うどんの良いところとラーメンの麺の良いところが組み重なったちょっと無いような感じの麺を作りたいなって。結局、粉がやっぱり大きかったですけど。」



- キラキラつけ麺?

「仙度さんから『ネーミングは大切やで!』ってアドバイスを頂いていたので、きらりとの連想です。センスないですね(笑)。」

 

- ブルーベリーチャーシュー?

「四川の社長がフレンチか何か食べてる時に、『今、こういうのが流行ってるんや。こういうのを取り入れたらどうや?』って言われたんですよ。ラーメン屋で使ってるところも当時無かったですから。」

 

- 集客は?

「暇なときはメッチャ暇でしたね。1日通しても20~30人くらい。つけ麺屋なんですが、ラーメンばかり注文ありましたね。」

 

- きっかけ?

「ラーメン雑誌でオープンの年に新店部門の準グランプリを頂いたんです。2010年ですね。グランプリはどこだったかな??僕は全然分からなかったので。それから雑誌見て来てくれるお客さんが増えてきました。当時は食べログとかより雑誌が強かった時代でした。他府県からのお客さんもその頃からですね。」



きらりの肉まん(2016年2月29日オープン)

- 肉まんの店?

「きらりブランドとして将来の経営とか考えて、このままつけ麺を展開するのもありなんですけど、『違う形でアプローチしたいな』って考えていたんです。今の材料を生かして商品を考えていたんです。それで『つけ麺の材料で肉まん』ってのが浮かんできました。」

 

- 面白い発想ですね(笑)?

「肉まんに関しては全く初めてだったので、知識は全く無かったんです。『肉まんが面白いな』って思ったのは、この店をオープンする3年前ですね。『とりあえず肉まんの勉強をしよう』って思いネットで探して、点心教室を大阪で見つけて通いました。『将来こういうのしたいんです』って伝えて、2年間くらい通っていました。自分の家でも試作を重ねていました。」

 

- 場所?

「場所は駅近くで探していました。やっぱり肉まんって『ついで買い商品』って思ってたので。今の場所を見つけるまで1年ほどかかりましたね。」

 

- モデル?

「『きらりの肉まん』のモデルは、神戸の『老祥記さん(公式HP)』や『一貫楼さん(公式HP)』です。調べて食べに行って参考にさせてもらいました。」

 

- 今後の展開?

「肉まんを次の展開ではやっていきたいですね。いつまでに何店舗しようとか目標とか無くて、いつも流れでしています。」



- 大事にしてること?

「お客様に喜ばれるように工夫し続けることです。」



<店舗情報>

■つけ麺きらり

住所:京都府京都市伏見区東浜南町660-3

Twitter:https://twitter.com/tsukemenkirari

 

(取材・文・写真 KRK 平成29年1月)