Vol.51:僕家のらーめん おえかき


 2014年5月26日、静岡県浜松市に一軒のラーメン屋がオープンした。店主は奈良県出身で、京都の名店"俺のラーメンあっぱれ屋"で修行して独立開業。そういう経緯もあって、静岡の新店だが関西から多くのラーメンファンが来店する状況が続いた。修行店譲りのハイスペックなラーメンはすぐに地元でも受け入れられ行列店となり、そして2016年には食べログアワード"静岡1位"を受賞。

 私の記憶が正しいなら、店主は昔、ラーメンブログをしていた所謂ラヲタ。各地を食べ歩いてたラーメン好きの方が、今は各地から来店するラーメンファンを迎え入れる側になっているわけだ。現在の自分、浜松のラーメン事情、今後の展開などいろいろ聞けたらと思う。”僕家のらーめん おえかき"但田店主にKRK直撃インタビュー!


- 出身は?

「奈良県奈良市。奈良と京都の県境。高の原って所です。」

 

- ラーメンにハマったのはいつ頃?

「一番最初にハマったのは無鉄砲です。ウチのお母さんが無鉄砲 京都本店がオープンした翌日に食べに行ったんです。まだ赤迫さんと女将さん二人だけでしてた頃ですね。それでお母さんが『美味しいラーメン屋さんを見つけたで』」って僕を無鉄砲に連れて行ってくれたんです。僕がまだ免許取る前なので、17歳頃ですね。それまで濃厚なラーメンというと天一しか食べたことなかったので衝撃でしたね。『こんなラーメンがあるんや?』って。それからは無鉄砲だけしか行ってなかったですね。その後、免許とってから自分で行けるようになったので、毎日のように(無鉄砲に)通っていました。まだそんなに混んでなかった頃なので、高菜を食べながら赤迫さんと話したりしていました。」

 

- 当時の夢は?

「バンドをやっていたので、当時はそればっかりを考えていました。でもバンドで飯を食っていけるわけでもないので、嫁さんと出会って22歳頃に結婚するとなった時にバンドを辞めて、就職して働き始めました。親父の会社なんですけど、関西と浜松に営業所があったんです。それで中部地区が万博やプリウス発売とかで凄い盛り上がってきたので、奈良を出て浜松に移ることになりました。」


- 修行店との出会い?

「ある時『どっかでラーメンを食べたいな~』と思ってネット検索してたら、シナさん(らの道プロデューサー)のラーメンブログを見つけたんです。その時はまだ奈良に住んでいたので、近辺のラーメン屋を検索してたらシナさんのブログが出てきて、食べログでもシナさんの口コミがあったのでいつも参考にさせてもらっていたんです。それでシナさんが高評価してた"あっぱれ屋"にも行くようになって、すぐに常連になりました。」

 

- 浜松に来て?

「いろんな店でラーメン食べ歩きを始めたのは、浜松に来てからでしたね。『こっちでも美味しいラーメン屋を見つけたいな!』と思い、メッチャ食べ歩くようになったんです。あの当時、関西だったらラーメンブログってけっこうあったんですが、静岡のラーメンブロガーは二人しかいなかったんです。それで『もうちょっと発信できるんちがうんかな?』と思い、ラーメンブログも始めたんです。でも結局、いろいろ廻っていても、どうしてもあっぱれ屋が食べたいという気持ちになるんですよね。会社が毎週土曜日が休みだったので、朝7時に家を出発してあっぱれ屋に通っていました。あっぱれ屋で食べたらすぐに浜松に帰ってくるってのをずっと続けていました。」

- 当時「ラーメン屋をしたい!」という気持ちは?

「まだ全く無かったですね。絶対しんどそうやと思ってましたから。」

 

- シナさん(らの道プロデューサー)との出会い?

「ある時、浜松から奈良へ戻っていた時、橿原市のサクラという店に食べに行ったんです。店内でTwitterを見ていたら、シナさんが『サクラにいてる』とツイートしていたんです。え~!!と驚いてパッと店内を見たら写真撮ってる方がいたので、『もしかしてシナさんですか?』と声をかけさせてもらいました。『浜松でラーメンブログをやっている者です』って。その時が初対面でしたね。もう『今話しかけないと一生話しかけられない』と思って(笑)。ホント、僕にとってはラーメンブログ"麺一杯"が圧倒的過ぎたので。シナさんのブログで"麺屋はなび"の台湾まぜそばを見て、すぐに名古屋まで食べに行ったりもしていましたから。どこに食べに行くにしてもシナさんのブログを見ていました。だからシナさんと会った時は本当に嬉しかったんです。」


- ラーメン屋になろうと思ったきっかけは?

「東日本大震災の時に、ボランティアで大熊と陸前高田に行ったんです。最初に団体で行って、次に個人で行って期間的には長いこといたんです。ある日、ラーメン屋さんが炊き出しをしていて、被災者の人達がメッチャ喜んでいたんですよ。その時に『あ~、ラーメン屋さんって凄いな~。あんなに人の笑顔を作れるんや~。こんな良い職業やねんや』と感動したんです。それでラーメン屋さんに対するイメージがガラっと変わって、ボランティアが終わって浜松に戻ってきてすぐに嫁さんに『ラーメン屋になりたいんやけど』と相談しました。」

 

- 奥様の反応は?

「嫁さんが『ホンマにやりたいて思うなら、目指していいよ』と言ってくれたんです。ラーメン屋するには嫁さんの協力が無ければ無理なのは分かっていたので、もし一言でもアカンと言われたらやめようと思っていたんです。」

- 修行先にあっぱれ屋を選んだのは?

「ラーメン屋になりたいなと思った時に、頭に浮かんだのはあっぱれ屋でした。東北にいた時に『あっぱれ屋のラーメンをこの人達に食べてもらいたいな』と思っていましたから。もうあっぱれ屋しかない。他で修行するくらいなら独学でやろうと思っていました。それですぐにあっぱれ屋に行き、仙度さんに相談しました。すると『なんでお前に教えなアカンねん』ってメッチャ怒られましたね(笑)。当時は『弟子はとらへんわ』って女将さんと二人体制で営業してる頃でした。」

 

- それでどうしたんですか?

「どうしても無理やと言われたので、『分かりました。僕は独学でします。なので道筋だけでも教えてもらえないですか?』と尋ねました。仙度さんが『それならラーメン学校に行ったらいいんちがう?』と教えてくれました。そのタイミングで大和(大和ラーメン学校)の営業の人があっぱれ屋に顔を出したんです。『なんてタイミングや!』ってびっくりしましたね(笑)。仙度さんも『お前、持ってるな~」って。それで紹介してもらって申し込みしました。でもその時、ラーメン学校がメッチャ混んでたんですよね~。申し込んで入れるのが半年後でしたから。」

- 半年待ってから?

「ラーメン学校へ行って基本を教えてもらいました。そして卒業後、仙度さんに報告しに行ったんです。そしたら上嶋先輩(現:あいつのラーメンかたぐるま店主)が修行に入っていたんです。『あれ~』って思いましたね。それで仙度さんに『行ってきたんやな。もう美味しいラーメンを作れるよな~』と言われて、僕は『友達や家族になら美味しいラーメンは作れますが、お客さんには作れないです』と言いました。仙度さんは『そうやろ~。仕方ないな~。それならお前、入るか』と言ってくれました。やっとあっぱれ屋に入れたんです。」

 

- あっぱれ屋で?

「奈良にまだ家が残ってたので、そこから通っていました。必死でしたね。叩き込んでもらいました。」


僕家のらーめん おえかき(2014年5月26日オープン)


- 屋号は?

「いろいろ洒落た名前とか、漢字二文字の名前とか考えていたんです。奈良出身だから、奈良に縁ある漢字とか。でも仙度さんに相談したら『お前アホちがうか?こんなの伝わるか!』って(笑)。それで営業が終わった後のあっぱれ屋で、『なんて屋号にしようかな』ってずっと考えていろいろ書いていたんです。その時に『仙度さんからイメージをとれるものにしよう』と思いついたんです。僕、仙度さんの盛り付けしてる姿が好きなんです。絵を描くみたいに盛り付けしていくのを見てて、おえかきって書いたんです。その時に仙度さんが『できたか?』って見に来て、『お~、おえかき!ええな~!』って。それで決定でしたね。」

 

- 場所?

「浜松でしたいと思っていました。こっちの人にあっぱれ屋のラーメンを食べて欲しかったです。ラーメン学校の入学を半年待っている間に、『どっかいい所がないかな~』って浜松市内をずっと探していました。それで駐車場があるって理由でここを選びました。場所でいえば浜松の中心地からかなり離れているんですが、高速のICもすぐそこにあるし。浜松は自動車商圏がメインなので、駐車場さえあればお客さんが来てくれると思っていました。」

 

- おえかきのラーメンへの自信?

「当時、白湯してる店も少なかったし、自家製麺の店もあまり無かった。なによりレアチャーシューが全然無かったですね。レアチャーってもの自体が全く浸透してなかったですから。」



- 不安もあった?

「メッチャ不安でしたね。無鉄砲とあっぱれ屋の繁盛していく過程を空いてた時代から見て来たので、僕も『口コミで拡げられたらかっこいいな~』と思ってました。だから全く宣伝しなかったですね。それで最初は練習も兼ねて、暖簾あげずに1日30食とかで営業を始めたんです。」

 

- 当時のラーメン?

「あっぱれ屋で教えてもらったことを『とりあえず忠実に1年間やろう』と思いました。何もいじらずに1年間はひたすら練習と思ってやっていました。」

 

- 静岡での反応は?

「オープン2ヶ月目くらいで食べログで4.02とかになって、そして全飲食店1位になりました。そういうのもあってすぐにバタバタってお客さんが増えてきましたね。」

 

- 名前先行への不安?

「名前が先に売れてしまって、最初はやっぱり怖かったです。あっぱれ屋出身の店で一番東なので、東京から有名店の店主さんや評論家さん達も来るんですよね。1年目の練習と思ってた時期に高得点が付いてしまったので、プレッシャーが半端無かったです。」



- 静岡の横の繋がり?

「良い意味でも話題になったのでいろんなラーメン屋さんが来てくれるようになり、僕もその店に行って話したりして繋がりができてきました。本格的に繋がってきたのはコラボとかするようになってきてからでしたね。」

 

- コラボ?

「静岡のラーメンで『ウチだけ流行っても絶対無理や!』と思っていたんです。底上げしないと絶対に無理って思ってて。ちょうどそのタイミングでシナさんに"らの道MAX(公式HP)"に誘ってもらいました。それまでは静岡でイベントはあってもメッチャ小規模のだけでしたからね。それでらの道MAX"静岡代表"として天野さん(麺や厨 店主)とコラボをしたんですが、信じられないくらいお客さんが来てくれて、メッチャ盛り上がったんです。それ以来、静岡県内でラヲタさんって言われてる人がメッチャ増えてきたし、ラーメンブログの数もメッチャ増えてきました。イベントの盛り上がりがそういうのに繋がってきたんです。全てはあの時のらの道MAXから繋がっていきましたね。コアなラーメン好きって人が静岡県内でメッチャ増えてきています。」


らの道MAX3「おえかき x 厨」(2015年3月31日)


- 今後?

「今、製麺がメッチャ楽しいんです。いろんな小麦粉を仕入れて、いろんな麺を打っているんです。今、静岡で美味しいと評価されている多くの店は有名な製麺所さんから麺を買ってはるんですけど、僕はそれが悔しいんですよね。どうせやったら静岡の店なんだから、静岡から発信されている麺で美味しいラーメンを作って欲しいな~と思うんです。そういうことをやっていきたいな~と思っています。」

 

- 拘り?

「屋号が"僕の家のらーめん おえかき"なので、雰囲気は丸い雰囲気にしたいです。ウチのお母さんが凄いいい雰囲気を作ってくれてるんですよね~。ラーメンに関してはなるべく静岡の食材を使うようにしています。あとはあっぱれ屋でメッチャ叩き込まれた掃除ですね。使命として思ってるのは、静岡のラーメンの底上げです。言い方は悪いですが、シナさんの"らの道"も利用させてもらって業界が盛り上がればと思っています。」



<店舗情報>

■僕家のらーめん おえかき

住所:静岡県浜松市浜北区於呂1480-4

公式ブログ:http://oekaki.hamazo.tv/

 

(取材・文・写真 KRK 平成29年5月)